目次

3.ICTの活用による保育充実化に向けた試行錯誤
■子どもたちのICT化、法令の準拠は

 子どもたちのICT化について、法令にはどういうことが書いてあるかをお話しします。
 幼稚園教育要領の総則の指導計画の作成上の留意点には、「幼児期は直接的な体験が重要であることを踏まえて、視聴覚教材やコンピュータなど情報機器を活用する際には、幼稚園生活では得難い体験を補完するなど、幼児の体験と関連を考慮すること」となっています。
 つまり「得難い体験を補完」というのは、「直接体験が必要」で、ICTを使うときには、その特性や使用方法などを考慮した上で、幼児の直接的な体験を生かすための工夫をしながら活用していくことが大切だと書いてあります。

■幼稚園教育要領から考えるICTの注意点

○幼稚園生活では得難い体験を補完する
 ICTは視覚、聴覚がメインですので、どのように触覚、味覚、嗅覚とつながるかが大切になります。特に緊急事態宣言が出たときには、皆さんもオンラインでいろいろ配信されたと思います。ただ、触ったり、味わったり、嗅覚に関係することは全然できませんでした。それをどのように体験することができるかが課題です。

○情報機器を有効に活用するために、特性や使用方法を考慮する
 WHOは乳幼児期に長時間のスクリーンタイムはダメと制限をかけています。
 無料アプリは便利ですが、成人向け広告がでるものもあり注意が必要です。
 そしてデータの管理。タブレットで撮った写真データをどうするか。そのデータを園のiPadや個人のスマホに入れるのはもちろんNGです。そのため、保育者のデジタルリテラシーの向上が必要になります。

■道具としてのICTの位置づけ

 道具としてのICTをどう位置づけるかですが、子どもたちはスマホで動画を見たりスマホで写真を撮ったり、何かアプリで遊んだりするのは当たり前になっています。
 このICT機器を子どもたちに託すとどんなことができるのか、どう保育環境に取り入れるのか、試行錯誤することがとても大切です。
 例えば、動画の視聴はとても楽しくずっと見続けます。プログラミング的思考を養うアプリのゲームはずっとしています。こうしたことを安易にやってしまいがちなのも、ICTです。これだとICTを使った間接体験で終わってしまいます。

■ICTを使っていると素晴らしい園?

 ICTで情報収集といっても、やっぱり本を見る方が当然いいわけです。本を見て情報収集する方がとてもいいし、図鑑は情報がいっぱいです。
 ICTを使ったら、幼児の生活体験をどうやって豊かにできているのか、というところを常に問い直さないといけません。
 子どもたちに対しては、次の三つのキーワードを忘れないようにしましょう。
 それは、情報活用、対話、探究活動。これにどう結びつけるかがとても大切になります。

■写真を撮るにも注意が必要

 写真が撮りたいからといって、誰でもかれでも撮っていいわけではありません。
 写真の撮影や動画の配信には肖像権・著作権が出てきますので、注意が必要です。楽しそうな子どもたちの動画も、保護者の許諾なしには配信できません。
 そして日々増えていくデータ管理、個人情報が漏洩しないように、常に注意する必要があります。

■ICTによる保育充実化に向けての取り組み:ポートフォリオを毎月作成

 まず全職員にデジタルカメラを渡して、子どもたちの写真、遊んでいる写真や給食を食べている写真などを撮影してもらいました。撮影した写真の中から園児1人あたり1枚を選び、コメントを書いてポートフォリオを作成しました。それをもとに毎月保護者とやりとりを行いました。月末に子ども達がポートフォリオを持ち帰り、保護者からコメントを返してもらいます。

■子どもたちにトイカメラを渡す

 子どもたちにトイカメラを渡して、写真を撮ってもらいました。ただ撮影するのではなく、ワンピース部分が三角形に切り抜かれている「私のワンピース」という絵を使いました。切り抜かれた三角形にワンピースの模様となる風景を入れて、写真を撮ってもらい、それを子どもたちが記録して作品に納めました。

■子どもが描いた絵を投影

 生活発表会では、背景に子どもたちが描いた竜宮城の絵を書画カメラで投影して、背景にしました。そして子どもたちが絵を切り換えることで背景を変えていきました。そこに流す音楽も、先生がピアノを弾くのではなく、子どもたちが音源を録音してUSBメモリに納め、それを流すことにもチャレンジしました。これはコロナ禍前の取り組みです。

■データと機器の管理で問題が発生

 子どもたちは撮影するのが楽しくて、どんどん撮ります。あっという間にSDカードは一杯になりました。そしてデジカメが見当たらない、壊れた、レンズカバーがない、といったデータと機器の管理に問題が起きます。
 子どもたちに道具であるデジカメを託すということは、機器の管理はもちろんデータの管理まで注意する必要があります。

■先生がYouTuberに

 コロナ禍によって園が休園になると、お休みしている子どもたちに保育を伝えるために、先生たちは動画を撮影してYouTubeにあげることにチャレンジしました。園が再開するとき、みんな来てね、というメッセージを伝えました。もちろん園長自身も動画を撮影しました。若い先生に任せるだけでなく、自分でも動画作成をやっていくことは必要だと思います。YouTubeはもちろん限定公開ですが、親戚の方が海外にもいらしていて、アメリカなどからもアクセスがありました。
 また、休園中には子ども向けにビデオ会議を使った配信、クイズ番組みたいなことをやりました。

■著作権法違反、放送法違反

 動画の配信については、最初は撮影して、編集してあげることに精一杯でした。ですから、著作権や配信範囲、評価など、わからないことだらけでした。「はらぺこあおむし」を全力で作ったら、それは二次創作で著作権法違反、持っているCDを動画で流したら放送法違反。正直、指摘を受けながら覚えていきました。

■幼稚園の取り組みを知ってもらうために写真を掲示

 子どもたちの日常を伝えるために、先生たちが日常的に園児の成長過程を捉えた写真を撮っています。それを懇談会などで掲示しています。職員が撮る日常の写真は成長過程がメインですが、リンクエイジさんにも日常の撮影を依頼しています。リンクエイジさんには4~6月に集中的に撮影してもらい、その写真も保護者に見てもらえるようにしています。
 写真を見てもらうことで、保護者にこんな保育をやっているんだ、という幼稚園の取り組みを理解してもらえたり、みんな一生懸命やっていることがだんだん伝わり始めた実感がありました。

■オンラインでカレーの材料をお買い物

 ビデオ会議のスキルを上げていくと、いろいろなことができるようになりました。
 保育者と買い物に行く園児と、園に残って買い物の指示をする園児とに分かれ、この間をビデオ会議システムでつなぎました。今回はカレーの材料を買ってきてもらいます。「今日はタマネギがセールだから買って」と伝える園にいる子どもたち。リアルタイムでのやりとりですから、園の子どもたちは「お金の残りがいくらだから、いくつ買って」という指示も出します。こうしてテレビ会議システムを通じてカレー材料の買い出しが行われました。

■カレーの調理を大型液晶画面で見ながら、調理の音を聴き、匂いを嗅ぐ

 カレーの調理を子どもたちに見てもらうために、調理する手元を大型液晶画面に映しました。以前は調理する手元をのぞき込んでいたのですが、3密回避と飛沫感染予防のために止めました。その代わりに大型液晶画面で見たわけです。
 調理する厨房と同じ部屋で子どもたちは画面を見ますから、調理をする音を聴き、炊けている匂いを感じることができます。遠距離で見ることと直接体験できる聴覚・嗅覚のハイブリッドみたいなやり方を行っています。

■今年から子ども用のiPadを用意し年長から使います

 iPadを各教室に配置でき、子どもたちがiPadを使ってみる実践もやり始めました。保育者がある程度管理して、年長はいろいろ写真を撮る活動や検索をして調べたりを始めています。一昨年度ぐらいから始めていますが、今年から写真撮影は年中も始めようと思います。

■年長だけで動画を作成

 年長だけで動画を作ってもらいました。この動画は「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」に資料として掲載されました。
 動画は子どもたちが撮った写真を使って自分たちだけで物語を作り、考えたことを身体で表現して写真を撮ったりしました。最終的には動画の制作に加え音入れまで子どもたちだけで行いました。

■チャレンジすると問題も出てくる。

 いろいろやると問題も出てきます。iPadの置き場所をどうするか、20~30台もありますから、壊れないように管理して、充電もしなければなりません。子どもたちがいろいろな使い方を始めるので、写真が山ほど入っている端末もあれば、アプリがたくさんになった端末もあります。それらの管理もまた必要になりました。

■リテラシーギャップが生まれる

 いろいろな取り組みをしていくと、保育者と園とのICTリテラシーが合わなくなってきます。保育者のリテラシーを上回るかたちで園児のリテラシーは高まります。保育者がそれを乗り越え、ICTリテラシーを伸ばしていく。こうしたことをちゃんと捉えられる力がどんどん必要になることがわかり始めます。iPadを子どもたちに託すことでわかってきたことです。

■ICTを取り入れた保育活動4つのポイント

 2021年度、文部科学省の委託調査研究事業として、幼児の体験を生かしたICT事例集を作りました。そこで、ICTを取り入れた保育活動では、タブレットを長時間視聴する活動にしないことを意識しつつ、以下の4つのポイントを挙げました。
 ①子どもの興味や関心に沿って行うこと。
 ②ICT活用の活動だけで終わるのではなく、「活動の発展」に記載されているようなかたちで体験と体験を結ぶ一助にすること。
 ③ICTの活動が個人の体験に留まらず、集団とのやりとりの中で情報収集、対話、探求心を生み出すきっかけにすること。
 ④ICTを活用した際に先生たちが手助けしすぎず、子どもが自分の思いを実現しようと試行錯誤したり、想像を膨らませたりすることができるようにすること。
 遊びの中で直接体験を深めて、幼児の興味・関心から科学的思考や創造性を育むことを意識して作成しています。

■小学校にどうつなげるか

 ご存知の「幼児期の終わりまでに育って欲しい姿」の(5)社会生活との関わりとつながりの中に、iPadやICTを使うことを意図した文章が盛り込まれています。それは次の文章です。
 「情報に基づき判断したり、情報を伝え合ったり、活用したりするなど、情報を役立てながら活動をするようになる」
 こういったICTなどを使う子どもたちの姿はおそらく園内でも見られると考えています。アプリでずっと遊び続けるのではなく、使う中で情報を伝えあう、それを活用する、それを役立てる。そして実生活で役立てるというところにどうつなげるかというのが、小学校教育の大切なところになります。

■ICTを活用した遊びがある

 幼児教育と小学校教育との架け橋特別委員会の話でも、ICTは体験を奪うものではなく、体験したことを写真に撮ってみんなで話したり、誰かに伝えたりする動画を作るなど、効果的なICTを活用した遊びがあるといわれています。
 さまざまな体験をICTを使って記録する。つまりタブレットで写真を撮る、ビデオを撮るという形でも、その記録の過程を幼児の物語として応用することで、幼児だけでなく園内外の人との対話のきっかけにもなります。

まとめ 〜子どもたちにドキュメンテーションづくりを~

 保育充実化に向けた試行錯誤について、私たちがやってみたことをお話ししました。保育者の発想を広げるきっかけになれば幸いです。
 保育充実化では、保育の時間を豊かにするために保育者自身の発想を広げて、子どもたちにデジカメを渡すだけでいろいろと話が広がります。またデジカメでもiPadでも動画撮影ができます。写真や動画を子どもの目線で撮影し、子どもたちにドキュメンテーションづくりをぜひやらせてあげてください。
 子どもたちが園のドキュメンテーションをすると、子ども自身が好きなところで写真を撮ってくれます。先生が意図して用意したところは、意外と子どもに伝わっていないことも見えてきます。
 例えば、子どもたちに危ないところってどこ? と訊ねると、子どもたちは危ないところの写真を撮ってくれます。ここで押されたことがある、ここで転んだ、とかが写真になります。それは子どもたち自身の直接的、具体的な体験とつながっていて、体験したことで子どもたちの発想も広がるんです。
 先生自身も直接的・具体的な体験とのつながりを常に意識してやってみてください。すると2つも3つも進んだ取り組みを子どもたちが考えてくれます。
 そして、対話、情報活用と探究心を育む道具がデジカメやiPadです。これらを折り紙、ハサミと同じように使ってみる感覚が必要となります。
 ハサミなどの道具と同様にデジカメやiPadの使い方も教えてあげてください。例えばパシャパシャ撮るけれども、それは撮られるお友だちが撮って良いって本当に言っていたのかも大切です。子どもたちにとっては撮ったら嫌なものもたくさんあります。隠していたのに先生に撮られた、とか言うかもしれません。そういったものに耳を傾けてください。
 本人にも肖像権があるし子ども自身が隠しているものに著作権があるかもしれません。安易に撮影して良いわけじゃないんです。保育者のリテラシーを上げることは、とても大切なことになります。
 主体的・対話的で深い学びを実現し、小学校以降に学びや生活の基盤を育成することにリンクされるよう皆さんも、チャレンジしていただければと思います。

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